サイトウ・キネンはあと2日

2014年9月4日

 夏は、いつもとても忙しい。1985年にサマーコースを始め、92年からサイトウ・キネン・フェスティバルに参加するようになって、この忙しさはずっと続いている。サマーコースは、10年続けると1年休むという周期を繰り返してきたが、コースを休んだ1995年と2006年を除くと、いつも夏はめまぐるしく過ぎてしまう。
 今年は、サマーコースからサイトウ・キネンの間に2週間ほどの猶予があり、ここは比較的楽に過ごせると期待していたのだが、レッスンや書き物に追われてそれどころではなかった。さらに、暗譜力の落ちたことが心をいっそう重くした。今も、サイトウ・キネンの仲間たちとの素晴らしい音楽作りに参加しながら、どうももう一つ心が晴れないのである。
 このオーケストラは、参加している人たちが皆とても親切で、私は一人でいる時でも不安を感じない。困れば、必ず誰かが手伝ってくれる。だが、なぜか今年はそのことさえも重荷に感じる心がある。
 私は、オーケストラが入場して着席する時も、終わって退場する時も、あるいはリハーサルでステージと場外を移動する時も、必ず介添えが必要だ。これまでもずっとそれでやって来たのだが、いつまでたっても一人で何もできない自分に、腹立たしさを覚えてしまう。「ちょっと手伝ってさえもらえば、後は自分でできる」と前向きに考えてきたのに、今年はなぜか「結局俺には何一つできないんだ」と心の中で自嘲的になる瞬間がある。いったいなぜ、こんな精神状態になっているのだろう。
 たぶんそれは、疲労の蓄積が原因なのだろう。本番中でも始終暗譜を不安に感じ、曲を十分に楽しむ余裕がないから、疲れも取れないのだ。「どうせ間違える時は間違えるんだから気楽に行こう」と自分に言い聞かせても、それを許さないもう一人の自分がいる。だが、そんな心の悪さをするもう一人の自分は、やはりやっつけなくてはいけない。目が見えないという問題を抱え、しかも70才を前にして、今もなおこの素晴らしいオケで弾かせてもらっていることに、もっと誇りを持ちたい。そして、自分に自信を持ちたい。
 残りは2日だけになってしまったが、演奏することをもっと楽しんで、良い気分でこの松本を離れたい。音楽ができることや、周囲の人々の思いやりにも、素直に感謝しながらこのフェスティバルを終わりたい。一人ホテルの部屋で、そんな思いをかみしめている。