学生コンクール、全国大会を聴いて

2010年11月28日

 第64回学生音楽コンクール、全国大会の小学生部門を、聴衆として聴いた。今帰宅したところだが、今回は審査員ではなかったので、少し今日の演奏についてコメントしてみたいと思う。

 発表された順位は、妥当なものだった。会場で一緒になった知り合いも、同じような予想を立てていたし、異論は少ないだろう。

 第1位は、大阪大会で優勝した吉田南さん。小学生としては無謀と思われるヴィエニアフスキの協奏曲第1番を弾き、しかも最初の音で音程を外したため、どうなるかとおもった。だが、次の瞬間に彼女は立ち直った。右手も左手も、技術が素晴らしく、音の伸びやかさも傑出していた。私の席には、第2主題の中音域が実に美しく響いてきた。表現にはやや芝居がかったところもあったが、元々そういう曲なので、選曲が良かったと言えるだろう。それにしても、後半はまるで悪魔が乗り移ったかと思うような演奏で、末恐ろしいほどの将来性を感じさせた。

 吉田さんの次に演奏したのが、ラロの「スペイン交響曲」で2位に入った安田理沙さんである。彼女は名古屋の優勝者だが、体が小さいのでまだフルサイズの楽器を持っていない。そこには歴然としたハンディがあったが、それを見事に乗り越えて、伸びやかで健康的な音楽を聴かせてくれた。音の素晴らしさはおそらく天性のものだと思うが、ボーイングのしなやかさに加え、左手の正確さ、音程の良さでも際立っていた。技術的な難所も難なく乗り越え、最後まで集中力と説得力のある立派な演奏を繰り広げた。

 3位になった古澤香理さンは私の生徒なので、客観的なコメントを書くのは難しい。しかし、一つ一つの音を大切にする繊細な表現で、サンサーンスの「ハバネラ」を見事に弾いたと思う。ただ、終わりの方でやや息切れした感じになり、もう少し余裕を持って最後まで弾けていたら、順位に変動があったかもしれないと、指導者としていささかの悔いは残った。

 他の人たちも、皆レベルの高い演奏で、首をかしげたくなるものはほとんどなかった。ブルッフの協奏曲、第3楽章を弾いた森山まひるさんは、音程の良さが際立っていたし、メンデルスゾーンの協奏曲の新谷亮介君は、曲の冒頭が素晴らしかった。パガニーニの協奏曲の岩本莉奈さんは、技術は素晴らしかったのだが、幾分平凡な表現に終始した。もう少し解釈を見直し、古典的なフレージングやアーティキュレーションを取り入れたり、ダンス風のリズムを強調したりすれば、面白い演奏になったのではないかと残念だった。

 このところ、小学生部門は東京以外のエリアが元気だ。今回も、東京大会の第1位と第3位が、幾分元気のない演奏になっていたのが惜しまれる。二人とも男の子だが、悪いところはないので、いっそう音楽に深い愛情を注ぎ込んで練習を続けてくれたらと願う。

 ところで、2位の安田さんは、今年の3月まで私が名古屋で教えていた。「この才能をなんとか私の手で育てたい」と願ってやっていたが、親との意見の不一致から、教えるのを辞めざるを得なかった。今日の演奏を聴いて、その才能の非凡さを再確認するとともに、ややほろ苦い思いも残った。彼女は、コンクールに適したキャラクターを持っており、これからもいろいろな協奏に勝ち抜いていくエネルギーを内在していると思う。それが、単に「勝つための協奏」にならず、音楽家として成長していってもらうために、私が役に立ちたいと思ったのだが、それは果たせずに終わった。でも、今日の演奏は音楽的にも優れたものだったので、将来への希望がしっかりと繋がった。これからも挫折することなく、頑張って欲しいと願う。

 一方、古澤さんはコンクール向きの人ではない。ただ、コンクール以外に自分を試す機会があまりないので、私が背中を押す形で出場させてきた。去年の東京大会第2位、今年の東京大会第2位、今回第3位という成績からもわかるように、まだ優勝者の器ではないが、安定して上位入賞を果たす力を身に付けてきた。彼女は10年後、20年後が楽しみなヴァイオリニストという気がする。音楽が大好きな子供なので、今後も順調に伸びてくれると信じている。

 今日は、将来性のある才能豊かな、しかも性格の異なる多くの才能に出会えて、楽しい一時だった。中学生も聴きたかったが、用事が多いので諦めて帰ってきた。来年、私はまた全国大会の審査員に復帰する。今日の経験も踏まえ、公正な審査ができるように、自分を磨いていきたいものである。