泉郷の山荘で

2013年7月3日

6月は駆け足で過ぎていった。私は、記念すべきコンサートをどうやら成功のうちに終えることができたが、その余韻に浸る暇もなく、いろいろな用事に追いまくられて過ごした。「忙しい方が良い」とずっと思っていたのだから喜んでしかるべきなのだが、これは私が欲していた忙しさ、つまりあちこちでのコンサートに追われて練習や本番、旅行などで過ごす忙しさとは少し質が違うので、ややほろ苦い気持ちもある。ただ、これも人生の中で経験しなければならない試練なのだろうと考えてやっている。
 母が転んで足を骨折し、入院したというのは、ショッキングな出来事だった。手術をしない決断をしたので、治るまでには相当時間がかかりそうだし、完全に元に戻ることはできないと言われている。今は病院でのリハビリに励み、今月中の退院を目指して頑張っている母も、厳しい試練の中にあるのだ。
 私はこれまで3回面会に行ったが、今は八ヶ岳に滞在していて、今週は行けそうもない。毎日電話で話しているが、痛みがかなりあるらしいので、精神的に参ってしまわないかと心配だ。とは言え、私が見舞いに行っても何か役立つことをしてあげられるわけでもないし、痛みを代われるわけでもないからもどかしい。とにかく、1日も早く快方に向かうようにと祈るのみだ。
 今日から明後日までは泉郷の土屋山荘に滞在して、サマーコースに向けてのいろいろな準備をしている。去年の9月2日にこの手で閉めた雨戸を一つ一つ開け、「今年も来たよ。よろしく頼むよ」と心で家に話しかけた。義父母が28年前に建てた山荘だが、彼らがここを訪ねることはなくなってしまった。10年前までは私の母と3人で、サマーコースの期間中ずっと私たちを支えてくれていた。2003年を最後に母が来なくなり、義父母も2006年から来られなくなった。
 それでも多くの受講者や地元の方々に支えられて、サマーコースとコンサートはその歴史を重ねてきた。今年も私は、土屋山荘に入って誓いを立てた。毎年同じ誓いだが、「今年も皆に喜んでもらえるレッスンができるように、心身をしっかりコントロールしながらベストを尽くすぞ」と強く思った。
 和室での生活が苦手な母は、自分が滞在した和室で仕事ができるように、小さい机を買い入れた。そして今は、私がそれを勉強机にしている。ここに点字の譜面を置いて暗譜に勤しんだり、今もそうであるようにノートパソコンを置いてキーボードをたたいたり。もしこの机に心があったら、どんなことを考えているだろうか。サマーコースは歴史を重ね、私たちは年を重ねた。でも、音楽の素晴らしさは少しも変わることがない。今年も受講者たちが、私たちを感動させたり、いろいろ考えさせたりする個性的な演奏を、蝉時雨をバックグラウンドにして聴かせてくれることだろう。8月が楽しみである。