清里行きを前に

2012年3月19日

バッハ全曲演奏を終えた時は、「次の本番は気が遠くなるほど先だな」と思ったものだが、その清里でのコンサートが明日に迫った。本当に、時の流れは早い。そして、私は今、元気に清里へ向かおうとしている。

この3ヶ月間に、いろいろなことがあった。私の胸に去来する思いも、さまざまだった。同じ年代のアーティストでも、忙しくあちこちを飛び回って活躍している人たちが居る。それなのに、私はこんな、ご隠居みたいな生活をしていてよいのか。それは、しばしば心の中に広がって、簡単には消すことのできないやっかいな感情だった。でも、「今は神様がそういう時間を与えてくれているのだよ。自分のレベルアップのためにその時間を使わなければ罰が当たるよ」と自分に言い聞かせてきた。

さて、その結果、私はレベルアップできたのだろうか。今振り返ってみると、どうも自信がない。はなはだ心許ないのである。勿論、レベルアップするための努力はしたつもりだ。ただ、精一杯の努力だったかというと、ちょっと怪しいことになる。そして、実際にレベルアップしたかどうかの判断は、お客様の前に立った私自身が下さなければならないのだ。納得の行く演奏ができたか、技術は大丈夫だったか、そしてなによりも、自分の音楽がお客様に伝わった手応えが感じられるか……。

演奏家としての私は、さまざまな紆余曲折はあったものの、少しずつ自分の夢を実現させながらここまで来た。若い頃は、ベルリンフィルやニューヨークフィルとの協演を夢見ないわけではなかったが、いつかそれは非現実的となり、もう少し地味な演奏活動と後輩の指導に軸足を置いた活動になっていった。その中で、けっこうやりたいことはやれたし、自分なりに音楽を磨いてきたと思っている。そして、これからは真の意味での「自己実現」を目指す時なのだろう。

私にとっての自己実現の場は、やはりお客様の前で演奏を聴いていただくことだ。自分の部屋での練習は、その準備に過ぎない。限られたチャンスを生かしながら、事故を実現させる生活なのだ。明日のコンサートも、その意味で私には大変貴重な機会である。お客様とまみえるえることで音楽を磨き、それを土台にしてさらに上を目指す。それが今の私なのである。

明日は、10回にわたって開いてきた土屋美寧子との「デュオ・シリーズ」の最終回である。集まってくださる皆様にとって、良い思い出の1日となるように願って、とにかくベストを尽くす。ただ、私は生来の楽観主義者なので、心のどこかでは「きっと良いコンサートになる」と決めているところがある。そんな私は、清泉寮名物のソフトクリームの味を楽しみにしながら、出かける支度に励んでいる。