近づくCD録音

2017年4月18日

 今日から、私は自分の世界に引き籠もって過ごすことにしている。トリオのレコーディングが4日後に迫り、明日からは岩崎洸さんとのリハーサルが始まる。練習はせいぜい4時間ぐらいだから、その前後にレッスンなどを入れることは可能だが、時間に余裕があればゆっくり休み、後は練習をしたり、録音する曲のことを考えながら過ごそうと決め、生徒たちには「1週間休ませて欲しい」と頼んだ。録音の翌日、23日は大阪でのコンサートだから、そこまで一息で乗り切るエネルギーを蓄えておかねばならない。精神的にも、体力的にも、タフな時間が続く。その前は、少しゆっくり過ごしたい。
 もう30年も前のことだが、美寧子の恩師でフライブルク音大教授だったピアニスト、ヘルムート・バルト氏と室内楽のコンサートを開いたことがあった。私は、フライブルクから列車で45分のバーゼルに住んでいたし、ヴィオラの女性もたしかニュンヘンから来ていた。最後の練習は、2日連続で、フライブルク郊外の先生のお宅で行い、私はそこに泊めていただいた。
 昼間からの練習が終わると、先生の奥様がご馳走を振る舞って下さり、いつまでもおしゃべりが続いた。先生は、「コンサートの前は、ゆったりと曲のことを考えて過ごしたい」と言っておられた。まだ若かった私は、「今はこうして先生のお宅に泊めてもらって念入りに準備しているが、日本では忙しくてなかなかそういう風には行かないな」と思ったものだ。
 しかし、70歳を過ぎた今なら、そうした贅沢な時間を持っても許されるだろう。今の自分にできるだけの準備をし、私がいなくなった後も多くの方々に楽しんでいただけるような演奏を残せたら、これ以上の幸せはない。
 勿論、長年の友達である岩崎洸さんとCDを作るということにも、特別な意味がある。戦後の希望と活気に満ちた時代に、素晴らしい指導者の下で共に大学生活を送った岩崎さん、その後20代の後半に出会った土屋美寧子、既に長いこと音楽活動を続けてきた私たちが、今トリオの録音を行うに当たって、私はやはり、若い人たちの演奏とはひと味違う趣のようなものを感じていただける演奏に仕上がればと願っている。音と音との間を美しく歌わせるような表情、内に秘めたエネルギー、そうしたものを感じ取っていただけるCDとするために、どんな音楽をあの小さな丸い円盤の中に保存できるか、苦労はあるだろうが、楽しみは尽きない。私たちを知らない方々にも、音楽の素晴らしさと温かい友情が伝わるような演奏を目指して、録音前の貴重な日々を過ごそうと思う。