あっという間に、今年も大晦日が来た。後9時間で、年が改まる。「ずいぶん短い1年だったな」と思う反面、「いろいろなことがあったな」とも思う。めまぐるしい忙しさの中で過ぎていった年、そんな気がする。
バッハシリーズの後、私は29日まで連日たくさんのレッスンをこなした。6日間で31時間は、私としては記録的な料で、演奏会の疲れも残っていたためかなりくたびれた。それでも、名古屋で教えている小学生が、刈谷の音楽コンクールで金賞を受賞するなど、嬉しい出来事もあった。
彼女は27日の午前中に演奏したのだが、私はその前日に名古屋でレッスンをし、27日の午後からは豊橋で教えた。幸運にも、豊橋へ行く途中に刈谷で彼女の演奏を聴く時間が持てた。3・4年生の16人による「B部門」のうち12人を聴くことができたが、かなりレベルが高く、子供たちのひたむきさが伝わってきて新鮮な感動を覚えた。
発表会が近いこともあり、この6日間に2回のレッスンをした生徒が数人いたが、皆2回目にはかなり引き締まった演奏を聴かせてくれ、1年の締めくくりとしては上々であった。自分が教えたことを少しでも役立てて、前進してくれていることが感じられるのは、指導者としては何よりも嬉しい。
ただ、どうも私は、自分がこうと信じたやり方を生徒に強制する欠点があるようだ。前の週にアドバイスした指使いなどをそのとおりにやってこないと、「なぜ注意を守らないのか」といらいらして、つい激しい言葉をかけてしまうのだ。私はそのように教育されてきたので、生徒にもその厳しさを伝えるのが良いことだと思っている節もある。
だが、私の子供時代と今とでは、生徒の気質も大きく変わった。厳しいだけではだめなのだ。それはわかっているのだが、「なぜ言ったとおりにしてくれないのか」とどうしてもかんしゃくが起きてしまう。それは、自分が考えたことを受け入れてもらえないことへの挫折感や、空しさから来る苛立ちでもある。
ヴァイオリンの演奏では、指や弓の使い方が、音楽そのものと密接な関わりを持つので、どの指でその音を押さえるかといった立ち入った指導が必要になる。左手のポジション移動で生じる微妙な間も、音楽表現の手段として使えるし、別の弦に移動することで現れる音色の変化も、表情を作る上での大切な要素だ。私は、生徒の弾き方を目で見ながら注意することができないから、音だけに頼って懸命に生徒の演奏を聴き、不自然だったり弾きにくそうにしていたりするところを取り出してアドバイスする。
ところが、次のレッスンで私のアドバイスを全く忘れてしまったような弾き方をされると、どうしても頭に血が上ってしまう。私はけっして自分の弾き方を押しつけているのではなく、どうすればその生徒が弾きやすくなるか、どうすればその生徒が作品の味をより良く表現できるようになるかを考えて、アドバイスを送っているつもりだ。それが合わないのなら、もっと別のやり方はないだろうかと質問してくれればよい。まるで私を無視したように、前のレッスンから変化のない演奏を聴かされるのは耐え難いのだ。
しかし、どんな時もかんしゃくを起こすのは良くないに決まっている。「アドバイスを忘れてはいけない」と警告しながらも、生徒が萎縮しないように心の余裕を持って教えていくことが大切だ。それは十分に承知している。来年は、もっと寛大な心で指導に当たれるよう、それを一つの目標にやってみたいと思っている。
名古屋の小学生は去年の秋から本格的に教え始めたが、今年は東京でも二人の小学生のレッスンを始めた。3人とも感受性が豊かで、とても楽しくレッスンをしている。彼らの成長はめざましく、こちらは毎回のように新鮮な驚きと喜びを与えられている。それだけに、どのように指導していくかは難しく、責任の重い仕事だと思う。いずれにしても、教えるのは私にとって常にチャレンジだ。来年もあれこれ考えながら、指導者として少しでも前進できるように前を向いて進んでいきたい。疲れてしまうこともあるが、いつも笑顔で、明るい私でいたい。これが、来年へ向けての抱負である。
演奏の方は、先日のバッハで、どうやら自分の定めた目標に近い結果を出すことはできたが、反省点も少なくなかった。幸い、2月15日には名古屋でバッハの無伴奏を弾くので、この経験を生かしてもう一工夫してみたい。そして、いつも新鮮な風を感じていただけるような音楽をクリエートすること、それが来るべき年の私の目標である。健康に留意し、皆の幸せと平和を願いつつ、来年も1日1日を過ごしていこう。
これを読んで下さる皆様、今年もありがとうございました。来年も良い年になるよう、皆様のご健康とお幸せをお祈りいたします。
和波たかよし
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