1月を振り返る

2014年1月30日

 このページを1回も更新しないうちに、1月も終わりになってしまった。このところ、毎日がのろのろと過ぎて行くような、それでいてあっという間に時が流れ去って行くような、不思議な感覚で日々を過ごしている。
 母が年末から体調を崩し、1月5日に入院。11日後に退院し、体調面ではいくらか回復したが、筋力の衰えから自分で寝起きすることがかなり難しくなった。そのため、同じ敷地内の別棟にいる私が、妻の美寧子と代わる代わる様子を見に行っている。母は、一人でいると言い知れぬ不安に包まれてしまうらしい。それを取り除くには、もっと側にいて話し相手になれば良いのだが、なかなかその時間が作れない。それでも、私は最近になく母を身近に感じながら、ある種の喜びを持って夜の着替えなどを手伝っている。
 ただ、母は元元夜型の人間であり、また時間を気にせずにマイペースで仕事をするタイプだった。その結果として、徹夜で点字の楽譜を作ってくれたり、ボランティアの事務の仕事をしたり、といったことができたのである。若い頃から、「和波さんのお母さんは特別だ。普通の親は、あのような献身はできない」などと言われたものだが、今もその片鱗が覗いて、かなり夜更かしをしてしまうことがある。昨夜も、母がベッドに落ち着いたのを見届けて戻ってきたのが、1時近くであった。こうしたことが続くと、いくら「喜びを持って母の近くにいる」と言っても、こちらの身が持たなくなってしまう。2月からは、新しく「巡回型介護サービス」を受けるので、また生活のリズムが変わって行くことだろう。母も、もう少し自分の力でできるようにリハビリを頑張ると言っているし、とにかく希望を持って暮らしてゆきたいと思っている。
 1月には、他にもいろいろなことがあった。昔の門下生の三原朋絵さんが、結婚相手となったヴァイオリン製作者、ドミトリ・バディアロフ氏と我が家を訪ねてくれたのは、1月6日のことだった。互いに時間がなく、「夕食前にちょっと」ということで6時半頃に来てくれたのだが、彼の楽器を試したり、いろいろと興味深い話を聞いていて9時半を過ぎてしまった。数日間、出来たての楽器を弾かせてもらったが、なかなか良い音で、次回の来日時も是非また彼の作品を持ってきて欲しいと頼んだ。
 私は、ジェローム・ダリエル氏が10年前に作った楽器も弾いているが、まだコンサートで新しい楽器を弾いたことはない。どうしても古い楽器の音色の方が、こくがあるように感じてしまうのだが、練習のためだけでなく、人の前でも現代の製作者による楽器で演奏することを試みるのも大切かもしれない、と考えている。
 17日には愛知県立芸大の新校舎を訪ねて公開講座を行い、24日には門下生の発表会で皆の熱心な演奏に耳を傾けた。そういえば、新旧の門下生が集まっての新年会や、高校の同窓会など、楽しいことも多くあった。母のことに忙殺されてただただ慌ただしく過ぎたかのような1月だったが、実はけっこう楽しいことがあったのだ。現在を悲観せず、前向きに進むことが大切なのだ。
 今秋から来春にかけてのコンサートの構想も、少しずつ固まってきた。さあ、間もなく2月だ。来月もまた、多くの楽しい出来事と出会えることを信じ、しっかり前を向いて進んで行こう。