すってんころりんの巻

2020年1月30日

もう5日も前のことだが、あれはとても寒い土曜日だった。
 美寧子と私は夕方からジムへヨガのレッスンに行ったが、外出の最初から変なことが続いた。
 環状8号線の交差点の手前で、信号が赤になった。こんな時、いつもはその信号の手前の路地に入り、一つ先の信号まで行って環8を渡るのだが、美寧子はまっすぐ信号まで歩いていって、そこで青になるのを待った。ちょうど我々が曲がろうとする路地からゆっくり車が出てきて、そこが塞がれた状態になったのだ。
 ところが、その車は環8の交差点まで来て左折しようとしてなかなかうまく行かず、青信号で横断したい私たちの行く手に立ち塞がる形になった。おやおやと驚きながら、私たちは車の後ろに回り込んで、やっと道路を渡った。車はなんとか左折して、環8通りを走っていったが、「あの車大丈夫かな」と美寧子は心配そうだった。
 数分後、駅前の踏切では遮断器が降りていた。下りの各駅停車が駅を発射し、踏切を通過して行ったが、まだ遮断器は降りたまま。すると、今行った電車を追いかけるように急行がやって来て、今にも止まりそうにノロノロと踏切に差し掛かった。「ここで止まられたら、乗りたい電車に乗れなくなる」とヤキモキしていると、なんとか踏切を通過して走り過ぎた。こんなことは珍しいが、下り電車はどうやら数珠繋ぎになっている様子だ。
 ところが、遮断器はまだ上がらない。そして、とうとう乗りたかった上り電車がやって来てしまった。遮断器がようやく上がり、待っていた他の乗客たちと急いで改札口を走り抜けたが、ホームへの坂を登る途中で、車掌がドアを締めると叫んでいるのが聞こえた。坂を上がり切って、私は車掌に向かって「だめだよ!踏切で待たされてたんだから、だめだよ」と怒鳴ったが、聞く耳を持ってくれず、電車は行ってしまった。反対側は遅れているのに、自分の電車は遅れさせたくないらしい。そんなエゴ車掌は、客のことを考えない悪い奴だ。天罰が下って欲しい、と私は願い、怒りの気持ちを抑えつつ、次の電車まで8分も待っていた。
 ところが、である。天罰は、私の方に下ってしまった。ヨガのレッスンを終えての帰り道、自由が丘の駅へ歩いている時、足がもつれたと思ったら、次の瞬間に右の腰から道路に転がり、腰と肘を打った。腕を組んでいた美寧子も、巻き添えで転んでしまった。ダウンコートを着、リュックを背負っていたので、それらがクッションになって強打した肘も擦り傷だけで済み、腰もあまり傷まなかったが、かなりのショックを受けた。
 日頃から、「転倒してはいけない」と肝に命じてはいるのだが、ちょっとした油断から、こうして転んでしまう。それが命取りになることだってあり得るのだから、今後はもっともっと注意して歩かなければ行けないと、強く反省した。
 変なことが続いたこの日の外出は、とんだ幕切れとなった。