八ヶ岳の静かな家で

2016年9月26日

   今、私は八ヶ岳南麓の山荘に滞在している。8月に「八ヶ岳サマーコース」を開く、土屋山荘である。今年も、ここには8月1日から6日まで、20人の受講者と聴講者が集い、私は朝から夜までレッスンに励む充実した時間を過ごした。サマーコースの参加者が引き上げた翌日からは、7人が集まっての「室内楽短期セミナー」であった。セミナーではヴァイオリンソナタからピアノ四重奏まで、いろいろな曲が聴けて楽しかったし、自身もブラームスのピアノトリオなどを受講者と共演して、「コース」のレッスンとは別の喜びを味わった。
 いつもだと、セミナーが終わった後で、数日間この山荘に留まって疲れを休めるのだが、今回は全くその余裕がなく、翌日には慌ただしく松本へ移動した。そこで待っていたのは、サイトウ・キネン・オーケストラの連日の厳しいリハーサル。小澤征爾さんとファビオ・ルイージ氏の指揮でベートーヴェン、オネゲル、マーラーのシンフォニーを入れ替わり立ち替わり練習する日々だった。マーラーは、1999年の暮れから2000年の念頭にかけて演奏した曲なので、暗譜はなんとかなるだろうと思って望んだのだが、数ヶ月前から少しずつ勉強していたのに、最古まで暗譜に自信が持てず、ホテルの部屋で夜遅くまで練習したり、かと思うと、夕方リハーサルから帰ってそのままベッドに潜り込んでしまう日もあった。音だけではなく、弓の上げ下げを覚えるのがとても大変で、「皆と同じ弓の動きになっているだろうか」と気になり始めると、身体が硬直して安心して弾けなくなってしまうのだった。
 でも、周りのメンバーたちは温かく見守ってくれたし、小澤さんもよく声をかけてくれた。体力が十分に回復しておらず、頻繁に休憩を取りながら懸命にリハーサルをする小澤さんに声をかけられると、「こちらが弱音を吐いてはいられない」と、私も元気を振り絞って頑張った。私の苦労とは関わりなく、オーケストラの仕上がりは順調で、4回のコンサートは大成功に終わった。その歓喜の渦の中に自分がいられるのは、やはり嬉しいことだし、「努力した甲斐があったじゃないか」と自分を褒めてやりたい気持ちだった。
 東京へ戻った8月23日は、ほとんど寝て暮らしたが、翌日からは早速レッスン開始。学生コンクールの審査で200人ほどの演奏を聴いて採点したり、近づくピアノトリオに備えて曲の勉強をしたり、息つく間もない日が続き、そのままチェロの岩崎洸さんとのリハーサルに突入した。今回のトリオも、私にとって初めて弾く曲が2曲含まれていたため、暗譜に苦労をしたし、音楽的、技術的な勉強がリハーサルに追いつかず、疲労ばかりが球って行くような厳しい日々だった。だがこれも、岩崎さんや美寧子の協力を得て少しずつ楽になり、曲を楽しんで弾ける時間が長くなっていった。そして先週末は、清里と冨士見でのコンサートに、このリハーサルの成果を披露した。ここまでひた走ってきて、ようやく私に休んでも良い時が訪れた。
 前から楽しみにしていた、八ヶ岳の山荘での短い休暇。たった2日の短い休みだが、やっと音楽から離れて休養を取ることができた。まだ完全に疲れが癒えてはいないが、7月末からずっと頑張ってこられたのだから、あの忙しさを思えば、これからの日々はもっと元気に乗り切れると思う。
 岩崎さんは、今日アメリカへ帰られたが、10月10日には再来日して、また我々とのリハーサルが始まる。16日が長野県の小海町、そしていよいよ18日が、東京の公演である。岩崎さんとのリハーサルはいつものようにとても刺激的だし、さまざまなアイディアの交換を経て、自分たちの音楽が変わって行く喜びを日々味わっている。ブラームス、シューマン、ドビュッシーの作品を通じて、音楽の素晴らしさと、それと取り組む私たちの新鮮な心のときめきを、できるだけ多くのお客様と分かち合いたいものと心から願っている。