大阪でリフレッシュ

2016年6月27日

 昨日は、大阪での「日本ライトハウス・チャリティコンサート」だった。このところ4月の開催が多かったが、今年はホールの都合などもあってこの時期となった。今回は私の他に川畠成道さんも出演し、最初にバッハの「二つのヴァイオリンのための協奏曲」、続いて澤和樹さんの指揮する千里フィルハーモニア大阪がシューベルトの未完成、私のソロでショーソンの詩曲、川畠さんのソロでプロコフィエフの協奏曲、そして最後にスメタナのモルダウという、盛りたくさんのプログラムになった。
 幸い、去年を上回るお客様が集まって下さり、熱のこもった演奏を聴いていただくことができた。チャリティーにしては曲目が渋いかな、と少し心配していたが、振り返ってみれば、このコンサートも今年が34回目。そのうち私は29回出演し、共に歴史を積み重ねてきた。お客様が伸び悩むこともあり、主催者や支援者にも苦労をおかけしたと思うが、それでも「クラシック音楽」のプログラムを貫いて、ここまで続けてきた。それが、根強いお客様の獲得に繋がっているのかもしれないと、いささか意を強くした昨日のコンサートだった。
 川畠さんは、デビューの翌年、1999年に私が「ライトハウスコンサートに招きたい」と主催者に提案し、バッハの二重協奏曲を共演した。私が桐朋で教え始めた時、彼は大学生で、毎回試験の演奏を聴いていた。回を重ねる度に、逞しさを増して行くその演奏を嬉しく聴いていたものだが、その後イギリス留学を経て、ソリストの道を歩み始めた頃だった。楽譜を細部まで丁寧に記憶し、ひたむきな演奏で私に肉薄する彼に、「この人はとても強い気持ちを持った演奏家だな」と頼もしく思ったものだ。
 去年の私の「70歳記念演奏会」で彼と16年ぶりにバッハを共演し、それをライトハウスの理事長が聴いてくださって、「是非大阪でももう一度」とリクエストされて今回の共演となった。しかし私は、「同じことをやっても面白くないから、今度はパートを入れ替えようよ」と提案し、彼が第1ヴァイオリン、私が第2を受け持った。先輩風を吹かせて彼には無理をさせてしまったし、私自身も暗譜には少し苦労したが、それでもパートを入れ替えることで、また別の角度からこの曲を観察することができた。
 私が第2ヴァイオリンを弾くのはおよそ40年ぶり、徳永二男さんと演奏して以来のことだったが、今回は川畠さんの音がよく聞こえ、ある程度余裕を持ってアンサンブルを楽しみながら弾けた。彼も、どうやら満足してくれたようだったし、客席からも温かい反応があって、まずはめでたしめでたしであった。
 ショーソンの曲を弾き始める前に、私は前々から頭の中で決めていたことを実行した。誰にも前もって話さないまま、短いコメントをしゃべったのである。今回はプログラムが長いので、時間のないのはわかっていたし、話を入れることで音楽の流れが阻害されたり、指揮者やオーケストラの人たちを深いな思いにさせるかもしれないと懸念はあったが、どうしても話をしたかった。そして、それを実行した。
 「今、私は1年ぶりに千里のメンバーと再会し、このステージで皆さんに聴いていただく喜びをかみしめている。だが、先頃の熊本の地震は言うに及ばず、世界のあちこちで災害やテロ、戦争などで多くの人が命を落とし、苦しみを味わわされている。そうした人たちのことを思い、そのお心が少しでも癒やされるように、そして世界の平和を祈る気持ちをこめてこの美しい曲を演奏します」と述べたのである。
 最近は、演奏する人が話をするのは珍しいことではなくなった。だから、この話に対する特別な感想を聞くことはなかった。その代わり、「ショーソンが素晴らしかった。ヴァイオリンの歌に思わず涙が出た」といった言葉が、終演後に会った人たちから、またその後に届いたメールなどで聞かれた。何人もの人が、今回の演奏に好意を持ってくれたことがわかり、私は本当に嬉しかった。かならずしも音楽会を聴き慣れているお客様ばかりではないライトハウス・コンサートで、ショーソンの曲にどんな反応が返ってくるか、実はかなり心配だったのである。それもあって、私は「どんな気持ちでこの曲を弾くか」を話してしまった。本当は、音だけですべてを表現しなければならないのが私たちの仕事なのに、いわば禁じ手を使ってしまったわけだ。でも、その結果として、皆が心をこめて演奏に耳を傾けてくださったとすれば、それは結局のところそれで良かったのではないか、と思う。
 もう私は若くない。あまりこちこちになって、「演奏だけで信を問う」と杓子定規に考えることもないかもしれない、と最近よく考える。もう少し自分を楽にし、開放的な気持ちで演奏したら、今までとは違う自分が現れるかもしれないと。昨日は、ごくごく小さな取り組みだったが、「この方向で自分を進めればよいのでは」と手応えをつかんだような安堵を覚えている。
 ところで、今はコンサートを終えた翌日の朝だが、私はまだ大阪のホテルにいる。今回は一人で来ているが、今日はこれから3人のレッスンヲし、夜はフェスティバルホールでジョン・ウィリアムズの映画音楽のコンサートを鑑賞することにした。これから八ヶ岳やオザワ・フェスティバルなど、戦争のような忙しさに見舞われる私だが、ちょっとだけ気持ちをリフレッシュさせて、明日の朝東京へ戻る。帰宅したら、早速午後からレッスンが待っている。NHKラジオの「視覚障害ナビラジオ」の収録も、金曜日にはある。もう8月末までほとんど休みはない。しっかり体調を整え、一つ一つ私らしい仕事を積み重ねて行こうと、気持ちを引き締めている。その前に、今日は一時でも全てを忘れ、アメリカのサウンドに身を委ねてみたい。どんな夜になるか、楽しみだ。