出発を前にして

2013年8月12日

いよいよ八ヶ岳へ出発の日が迫ってきた。私は、サマーコースに続いて、休むことなく松本での「サイトウ・キネン・フェスティバル」に参加するため、3週間以上も家を空けることになる。出かける支度も、いつにも増して大変である。
 昨夜は、遅くなってから持って行く点字の楽譜を揃えにかかった。サマーコースでは、コンチェルトやソナタの1部分を演奏する人も多いので、全曲を一つのファイルに綴じ込んであるのを外して、必要なところだけ持つといった作業もする。そうしないと、点字の楽譜はかさばるので、荷物がどんどん増えてしまう。
 よく知っている曲などは、紙に印刷した楽譜は持たず、点字端末に読み込んで携帯する。また、いくつかの曲は、まだパソコン点訳が始まるより前の時代に、母がタイプライターで打った楽譜も箱に入れて持って行く。
 もちろん、荷物はそれだけではない。私は、日常的に使う電子機器やその付属品なども忘れないようにしなければならないが、長い滞在、しかも気温の変化の大きい山での滞在だから、衣類だけでもいろいろ持たねばならない。それはすべて、妻の仕事となる。明日からは18日の音楽会に向けてのリハーサルも連日続くので、その合間を縫って彼女は荷造りをし、多量の宅配便を送る。私も出発するまで大変なのだが、彼女はもっともっとストレスが多いはずだ。それでも、弱音を吐いたり文句を言ったりするのは、いつも私である。それが元で、激しい言い争いになってしまうこともあるのだが、これは決して良いことではない。これからしばらくは、美寧子には絶対文句を言わないという強い決意で過ごさなければならない。
 慢性的に抱えている左目の痛みが、このところちょっと気になる。2週間前に眼科へ行ったばかりだが、長い旅行と仕事を控えて、明後日の朝もう一度行くことにした。前回は、美寧子がピティナのコンクールの審査で出かける日と重なったため、世田谷区社会福祉協議会のふれあいサービスを利用させてもらったが、今度は彼女が一緒に行ってくれる。私が痛がっているのを心配して、「八ヶ岳の前にもう一度見てもらったら」と言ったのは彼女である。私が出かければ付き添わなければならないとわかっていても、ちゃんと心配してくれる。そのことをしっかり受け止め、私は頑張って仕事に向かわなければならないのだ。
 美寧子だけではない。サマーコースを成功させるため、アシスタントの2人、田島高宏君と林詩乃さんも、それぞれドイツとアメリカから帰国してリハーサルに付き合ってくれている。彼らの存在も、私には掛け替えのない支えである。また、サイトウ・キネンでは、演奏する楽譜を早めに点訳してもらうため、楽譜係の人が特別に早く練習用の楽譜を用意して、画像で送ってくれるなどの便宜を計ってくれた。お陰で、十分な余裕を持って楽譜の準備ができた。それでも暗譜は大変で、昨夜も「今年は無理かもしれない」とねをあげそうになった。でも、いろいろ私のために協力してくれた人たちのことを思い出すと、「そんなことを思っては罰が当たる」と考え直した。6月から譜読みを始めるなど、私も頑張ってきたのだ。ここで挫折したら、きっと後で後悔するだろう。しばらくは厳しい日が続くが、協力してくれているたくさんの人たちへの感謝の念をバネに、「音楽に貢献するためにやってるんだ」と自分を奮い立たせ、明るく乗り切って行きたい。