文化の日に寄せて

2017年11月3日

 今日は文化の日、というわけで、朝のNHKラジオで「文化と文明」というとても興味深い話が放送された。あまり落ち着いて聴いている時間がなかったので、浅い理解しかできなかったのだが、文化はその地域や民族の間で長く受け継がれてきた習わしのようなもので、それによって社会が円滑に保たれてゆく、大切な要素である。一方、文明はこれと対極的な位置にあるもので、ひたすら合理性や便利さを追求するものである。両社が、社会においても個人においても、良いバランスを保つことで、人は幸福を得られる、といった趣旨の話だったと思う。
 私には、この話がすとんと胸に落ちた。まさに自分自身が、文化と文明の危ういバランスの上に立って生きていることを実感したからだ。
 今月1日から今日まで、東京で視覚障碍者のための総合イベント、サイトワールド2017が開催された。目の見えない人向けのさまざまな機器が展示されるほか、家電メーカーや電話会社も出店して、自分たちが障碍者に配慮した製品を生み出していることをアピールする場になっている。
 ことのほかITに熱を上げている私は、毎年ここへ出かけるのを何よりも楽しみにしている。特に今年は、2月にウィーンで購入したいくつかの機器を自ら紹介しようと張り切っていた。
 ところが、なんということか、前日の31日から風邪を引いてしまい、サイトワールドへの出席を断念しなければならなくなった。この無念さはおそらく誰にもわかるまい、と思うほど私はがっかりした。いろいろな機器を触ってみて、それについての意見を述べたり質問したりするのは、私の一種の生き甲斐と言えるほどの楽しみなのである。だが、4日と12日にコンサートを控えており、家から1時間以上もかけて墨田まで出かけ、人ごみの中で過ごしたら、どうしてもそれらのコンサートに悪い影響をきたすだろうと考えて、行きたい衝動を抑え込んだ。
 私の仕事は、音楽文化の素晴らしさを伝え、それを守って行くことだ。一方で、文明に触れるわくわくするような楽しさを、多くの人と共有したいという気持ちも強い。1994年に初めて「パソコン通信」の面白さを知ってのめり込み、「30年前にこれと出会っていたら、ヴァイオリンよりプログラマーの道を選んだかもしれないな」と本気で考えてしまったほど、私はITが好きである。
 「寝室にまでスマホを持ち込まないでよ」と妻に怒られるが、それでも私は、肌身離さずiPhoneを持っている。去年の「クリスマス・バッハシリーズ」では、真剣にプレトークをやっている最中に、ポケットの中の携帯が鳴り出してしまい、客席の笑いを誘うことになった。
 だが、自分としては、ITにのめり込んでも、文化活動を疎かにしてはいないと信じている。趣味が仕事の助けになることもあるし、趣味によって仕事への意欲が活性化されることもある。そこをわきまえて、たとえば無理をしてサイトワールドに出かけるようなムチャさえ慎めば、私の中での「文化」と「文明」のバランスはとれると信じるのである。
 明日は、兵庫県の西脇市で、昔の八ヶ岳サマーコース参加者の女性が主催する音楽界にゲスト出演する。これも、その昔の生徒とフェイスブックで繋がったことがきっかけで実現した仕事だ。これからも、良いバランスを保つ努力をしながら、しっかりITも楽しみたいと思っている。