発表会への期待

2020年1月13日

年の初めに生徒の発表会を開くようになって、今年で24年目。その発表会が、明日の午後6時から、めぐろパーシモン小ホールで開かれる。今年の演奏者は11人、ほぼ毎週レッスンに来る現役の門下生が4人、昔の弟子で今も不定期でレッスンをしている人が5人、それに去年の八ヶ岳サマーコースを受講した「窪田バイオリン教室」の中学生と高校生、一人づつが参加する。
 生徒と私との繋がり方は、一人一人全くまちまちだ。長い人は20年以上も付き合いが続いているし、短い人はまだ4年程度である。それぞれの生徒のヴァイオリンに向かう姿勢も、やはりまちまちだ。音大生や高校生のほか、これから音楽高校に入ろうという人、既に卒業して音楽教室などで働きながら練習を続けている人など、いろいろである。
 ただ、誰もが現在の環境の中で、真剣に音楽と向き合い、少しでも良い音楽を作り出そうと頑張っている。年末から年始にかけて2・3回皆のレッスンをし、その真摯な意気込みがよく伝わってきて嬉しかった。明日はどんな演奏を聴かせてもらえるか、楽しみにしている。
 私が教える仕事を始めてから、ちょうど50年になる。最初の15年は、家にやってくる人を少しずつ教える程度だったが、40才の時に「八ヶ岳サマーコース」を始め、45才で桐朋学園の非常勤講師になった。視覚障害を持ちながら音大で実技レッスンをしたのは、日本では私が最初であったから、この仕事には高い誇りを持って取り組んだ。2000年から5年間は東京藝大、2005年からの6年間は愛知県芸の非常勤講師も務めた。異なる気風を持つ三つの大学で教えられたのは、まことに貴重な経験であった。私を迎え入れてくれたこれらの大学には、感謝の気持ちでいっぱいである。
 教える仕事においては、視覚障害のハンディは小さくない。それらをなんとかして補う工夫をすること、私のハンディのために生徒が不利益を受けないように、しっかり指導することを心がけて、ここまでやってきた。「生徒の弾いている姿を目で見てやることはできないが、音を聴くことにはハンディはないんだ」と、それを支えと拠り所にしてやってきた。とは言え、教えていて何度も壁にぶつかり、悩んだり試行錯誤を繰り返すことも多かった。それでも、若い生徒たちと接するのは大きな楽しみだし、彼らから受ける刺激も大きい。特に近年は、心の老化を防ぐためにも、生徒たちと接する時間を大切なものと考えて、レッスンを続けてきた。
 だが、今年の3月で、私は桐朋学園を定年退職しなければならない。残っている生徒たちを引き継いで教えて下さる先生にお願いするなど、退職の準備をしながら、やはり心は寂しい。「なんとか2・3年は残れるのではないか」とどこかで楽観していたため、どうしても辞めなければならないと決まった時の落胆は、自分でもどうしてよいかわからないほどだった。
 しかし、いつまでがっかりしていても、そこからは何も生まれない。現実を受け入れ、自分のより良い未来のために何ができるかを、考えなければならない。私は、自分の持っている音楽的ノウハウを、できるだけ多くの若い人たちに伝え、それらを通してヴァイオリンを学ぶ人達の助けになりたいと願っている。これからは、50年前に教え始めたころと同じように、プライベートのレッスンだけを続けることになるが、レッスンを希望する人には、惜しみなく自分の時間と労力を捧げたいと思っている。
 4月から増えるであろう自由な時間を楽しみにしながら、新たなステージへと踏み出そうとする私である。