私の秋

2015年11月6日

 秋に入っても、幸いなことに、私は元気で毎日忙しく過ごしている。70才ともなると、忙しく過ごせることにも感謝の念が湧いてくる。
 9月には、フィンランド出身のヴァイオリニスト、マーク・ゴトーニさんと、奥様のチェリスト、水谷川優子さんとの室内楽の仕事が、忘れがたい思い出になった。10月は、日本点字図書館のためのチャリティコンサートとして東京文化会館小ホールでリサイタルを行い、若い頃からの愛奏曲であるクロイツェルソナタやショーソンの「詩曲」、さらにこのホールでは初めて「チゴイネルワイゼン」も弾き、大変好評をいただいた。また、佐久室内オーケストラとのベートーヴェンの協奏曲も、オーケストラの熱気を感じながら楽しく演奏し、大きな拍手をいただいた。
 今月は、まず1日に雑司ヶ谷音楽堂で、初めて弾く曲を含む実験的な要素を持ったジョイントリサイタルを美寧子と開き、続いて23日には、小平市民オーケストラの25周年記念と、私の古稀記念を兼ねたコンサートで、11年ぶりにチャイコフスキーの協奏曲を弾く。チャイコフスキーは、子供の頃から大好きな曲で、海外でもかなり多くの演奏経験を持っているが、2003年の札幌交響楽団との協演以来、プロのオーケストラと弾く機会がなくなってしまった。このままでは余りに残念なので、以前ブラームスを一緒に演奏したことのある小平のオケに声をかけ、いわば自ら売り込んで実現した演奏会である。
 春にベートーヴェンを弾いた時も、「今の自分の技と心で何が表現できるだろうか」と、強い気持ちで取り組んだ。それは今回も同じだが、ベートーヴェンに対しては神の前に跪くような敬意を感じるのに比べて、チャイコフスキーには、子供の頃からの親しい友達と再会したような温かい心で接している。とはいえ、技術的にはまだまだやらなければならないことがあるので、気の抜けない練習の日々が続く。この緊張感が、また素晴らしいのである。
 秋には、私の生徒や八ヶ岳サマーコースの参加者たちの活躍も、心に残った。勿論、情報として出てこないところでも、多くの弟子たちが活躍していることは知っているが、やはり結果として示されると、嬉しさが倍増する。
 高校2年生の弟子、古澤香理さんは、初めて挑戦した「日本音楽コンクール」で第3予選、つまりベスト12まで進んだし、2011年から3年間サマーコースを受講した戸澤采紀さんは、学生音楽コンクール、中学校の部の東京大会で第1位となった。この中学校の部では、2012年に大阪で、2013年からは3年連続して東京で、サマーコース出身者が第1位に輝いている。2013年には、大阪の小学校の部でも、その年に八ヶ岳に参加した石川未央さんが1位を受章した。このように、素晴らしい才能を持った若者たちをサマーコースに迎えられる喜びは、計り知れないものがある。長年続けてきたことを音楽の神が評価して、プレゼントをくれたのに違いない。
 今年は、昔の弟子がレッスンに来るというケースもずいぶん増えた。これもまた、私がずっと前から願っていたことである。10代、20代に教えていた人たちが、10年を超える年月を経て、また戻ってきてくれる。今度は、一人の音楽家としてそれらの人たちに接し、今できるアドバイスをする。これこそ、指導者としては最高の幸せと言ってよい。
 特に、先月行った弦楽四重奏のレッスンは楽しかった。受けたのは40代から50代の奏者たち。彼らは、技術だけでは若者に及ばないかもしれないが、人の心を温かくする大人の音楽をやっていた。それをさらに活性化するために、私はいくつかのアドバイスをした。自分にとっても、心が豊かになる時間だった。
 こうして、私の秋は深まって行く。チャイコフスキーが終われば、藝大での「アートスペシャル」の仕事、そしていよいよ、2015年を締めくくる「クリスマス・バッハシリーズ」である。今年は、無伴奏ヴァイオリン曲をいっそう身近なものとして楽しんでいただけるように、との願いから、演奏の前に短いトークを試みることにしている。自分が幸せになるだけでなく、一人でも多くの方々に幸せを届けられる音楽を目指して、私の日々は続く。