財布をすられて

2017年3月4日

 今、私は自分のヴァイオリンから離れて、ヨーロッパ旅行を楽しんでいる。「今はリセットすることが必要だ」と考えて、今回は楽器なしでやって来た。しかし、旅行を始めてから明日で1週間、帰国便に乗るまで72時間を切ってしまった。練習もしていないのにこんなに早く時間が過ぎてゆくとは、信じられない気持ちだ。
 今回は、ウィーンとベルリンを訪れ、合計4回のコンサートと2回のオペラを聴く旅行である。毎日を楽しく過ごしているが、休暇中の私たちにも、神様は試練を与えようとする。まったく恥ずかしい話だが、3日前にウィーンで、美寧子と二人、揃って財布をすられてしまった。妻は路上で、私はその数十分後に、買い物をした店の入り口付近でやられた。同じ警察署へ、2回続けて被害届を出しに行ったら、同じ巡査にお目玉を食らってしまった。わずかの隙を突かれたとは言え、こちらの不注意であることは明白だから、どうしようもない。
 その夜はオペラに行ったが、ホテルに戻ってから深夜の1時過ぎまで、いくつものカード会社に電話してクレジットカードの停止手続きをしなければならなかった。幸い、パスポートは無事だったしクレジットカードも1枚残っていたので、支障なく旅行を続けられているが、盗まれた時のショックが時々頭によみがえって、身震いするほど嫌な気分になることがある。
 世の中には、私たちより生活に窮している人が大勢いることは、よくわかっている。だが、誰が何と言おうと、人の財布を盗むのは立派な犯罪である。決して許すことはできない。同時に、そんな犯罪を誰かに起こさせるほど隙を作ってしまったのかと思うと、ただ情けないばかりだ。だが、怒っていても、悔やんでいても、盗まれたお金は戻ってこないし、私の気分も癒えない。「危害が加えられなかっただけでも良かったではないか「と自分を慰めるしかない。知らないうちに、「自分は目が見えないのだから、お札をちらつかせるようなことをしていても誰も盗みはしないだろう」といった甘えが心の中に巣くってはいなかったかとの反省もある。これからは、もっと警戒心を高め、気を付けて行動しなくてはいけないと思う。
 幸いなことに、今回の旅行中には、たくさんの楽しい経験をしたり、貴重な刺激を与えられたりしている。昔の八ヶ岳の教え子とほぼ20年ぶりに再開するという喜びも味わった。明日は、ベルリン芸大教授のマーク・ボトーニ氏のレッスンヲ聴かせていただく。2月1日以来の再開に、今からわくわくしている。