今週は、私にとって記憶に留めたい出来事がいくつも合った。そこで、日を追ってそれらを振り返ることにしよう。
まず、19日の月曜日。昨年末から入院させていた愛器が戻ってきた。1677年というから、340年前に製作されたヴァイオリンだが、長い年月を経て表板が少しずつ変形していた。今回は、それを本来の形に戻すという、難しい修理であった。
25年前から私の楽器のメンテナンスを引き受けてもらっている弦楽器工房、ストリオーニのクレモン・ラリュバン氏が、社長のジェローム・ダリエル氏の指示のもとで、この難しい修理を成し遂げてくれた。15年ほど前に、やはり変形してしまった古い楽器を復元して、素晴らしいバロックヴァイオリンとして蘇らせてくれた実績があるので、「この楽器の元気な音を取り戻せる」との彼らの進言に、私は何の躊躇もなく修理を依頼したのだった。魂柱もバスバーも、全てが新しくなったが、それらを作り変えると最初は硬めの音になることが多いのに、この楽器は実に心地よく響いている。「弾けば弾くほど鳴ってくる」というクレモンの言葉もあり、毎日少しずつ変わってゆく音を楽しみながら練習している。
20日の火曜日は、桐朋女子高校の実技入試が行われ、私は19年ぶりに採点に関わった。何故今年に限って、非常勤である私に採点依頼が来たのかはよくわからないが、定年も近づいている今、少しでも母校のためにできることがあれば嬉しいと思って、喜んで出かけた。4日前には大学の入試もあり、受験生のひたむきな演奏を聴いて、いろいろな面で心を動かされた。
高校には、2年前から教えている生徒が受験し、無事に合格を果たした。もしかすると、彼女が桐朋学園での私の最後の生徒になるかもしれないが、これからの3年間で、できるだけ多くのことを伝えたいと思っている。
21日の水曜日は、私に「古楽」への興味を開かせてくれたバロック音楽の名手、シギスヴァルト・クイケン氏の公開レッスンを、6時間に渡って聴講した。試験の翌日でもあったし、さぞ疲れるだろうと覚悟して出かけたのだが、実に興味深いレッスンで、時間がとても早く流れた。受講者たちのレベルも高かったので、レッスンの内容が高度なものになったと思われるが、クイケン先生は、とても優しいおじいさん、という感じの方で、そのフランクなお人柄が、部屋全体の雰囲気を和やかなものにしていた。解釈だけでなく、そのレッスンの進め方からも、学ぶべきことが多いと思った。
次の22日は、私が大阪で4人のレッスン。夜は、50年にわたって何かとお世話になってきた先輩、高橋実さんとゆっくり食事をしながら語り合った。点字毎日の記者として、また東京に「視覚障害者支援総合センター」を設立して、理事長として長年活躍された高橋さんは、「点字楽譜利用連絡会」の設立にも加わって、ずっと副代表として私を支えてくださったのだが、昨年すべての仕事から退いて大阪に戻られた。やはり同年代の重鎮である木塚泰弘さんが先日亡くなられ、大変悲しく寂しい思いを味わったが、高橋さんはとてもお元気そうで一安心。8時までレッスンをして腹を空かせた私がピザなどを食べる前で、ひたすら焼酎を飲みながらいろいろなお話しを聞かせて下さり、心の癒える、しかも有益な時間だった。
今回の大阪旅行は、美寧子に尾山台の駅まで一緒に歩いてもらったほかは、全ての工程を一人でこなした。以前は毎週、新幹線で名古屋へ通っていたが、電車を乗り継いで品川へ行き、予約した特急券を受け取って新幹線に乗り、大阪での移動は専らタクシーを使って、無事にやりたいことをやりおおせることができた。「まだまだ俺は大丈夫」と少しだけ自信になった。
ところが、そこへ飛び込んできたのが礒山雅先生の訃報である。先月27日の雪の日に転倒されたのが原因とのことで、ご本人はさぞ無念だったことだろうと、やりきれない気持ちに鳴った。私のバッハ演奏にも数々の示唆を与えてくださった先生だが、年は私より数ヶ月お若い。あまりにも早すぎる最後であった。そして私も、転倒などしないように、いっそう気を付けて歩かなければいけないと肝に銘じた。
ほかにも、この1週間にはいろいろなことがあった。中でも、忘れ物癖がかなりひどくなっていることが、我ながら気掛かりだ。17日には、「視覚障害者9条の会」の総会に出席したが、帰りの電車を待つプラットホームで、背中にあるはずのリュックを持っていないことに気づき、慌てて会場に電話して持ってきてもらった。大阪では、タクシーに帽子と身体障害者手帳を忘れ、運転手さんが警察に届けてくれて、それを取りに行くというハプニングも合った。そういえば、ウィーンで財布をすられてから、間もなく1周年記念日がやってくる。少々の忘れ物は仕方ないとしても、致命的なことにならないよう、もう少し注意力を働かせなければいけないと思っている。
寒いのが大の苦手である私、でも2月ももう終りに近い。今日はかなり暖かくなり、薄めのコートで外出できた。少しずつ暖かくなる「春への喜び」を糧に、明日からも明るく生きてゆきたいものである。
1週間を振り返って
2018年2月25日